2022年 3月 の投稿一覧

利益剰余金100億の男

よく営業は天性だと言われる。昔のボスに「俺は生れつきの営業マンだ。売る才能が最初から備わっている。お前は生れつきじゃないが、努力すればいい営業マンになれるよ。まあ、俺以上にはなれないけどな」とよく言われた。ボスと私は同じものを売っていたが、ボスが売ると値段が倍以上になった。

そのボスと一緒に訪問していたクライアントの社長は、正真正銘の営業の化け物だった。数十年にわたりありとあらゆる商品をありとあらゆる手法で売りさばき、彼の会社は100億円超の利益剰余金を蓄えるまでになっていた。

100億円の利益剰余金のほとんどが現預金として保存されている。暇なのか、お戯れなのか、気に入った人間がいると軽い気持ちで5000万円、1億円をぽんと渡してしまう。彼のビジネスのアイデアは尽きることがないので、そういった人間に思いつくままにその金でビジネスをやらせる。時には不動産、時には飲食店、時には車のディーラー…
彼からしたら、売ることは簡単なことなので、アイデアと金を渡したら成功するに決まっていると考えている。

しかし、もちろん多くの場合、成功しない。ほとんどの人間には売る才能なんて生れつき備わっていないのだ。また、売る努力も大してしない。ましてや、会社経営の才能に至っては99%の人間が持ち合わせていない。そうして私は資金がただただ溶けていくのを毎月数字上で見つめることになる。
成功している人間の多くがそうであるように彼もせっかちなので、半年程度、早ければ3ヶ月程度で結果がでないとイライラし始める。なぜ売れないのか。あんな在庫さっさと売っぱらえよ。売れてないのになんでこんなにコストがかかるんだよ。

しばらくすると深夜にメールが届くようになる。泥酔しているのか、単に精神的に参っているのかは不明だが、そういう時のメールは詩的だ。

「先生、5000万円は回収し、今月中に会社はかいさんします。

社員はRを残して全て解雇するように伝えてほしいです。
もうこれ以上つづける気はありません。

K弁護士にも連絡ずみです。
今月中にかいさん手続き完了できますよね?」

 

「Tは横領をしているので、訴えます。
裏切りは悲しいです。
通帳をすぐに回収してもってきてください。

例の不動産案件も外れてもらって
この件も弁護士に調べてもらいます。」

 

「先生、信頼して頼んだはずなのに、

このままだとK弁護士に連絡しないといけません。

役員報酬がなぜ100万のままなのでしょう。交際費も毎月高額です。
先生はなぜ把握していないのでしょうか。
今日中にれんらくをください」

 

なぜか行間が空いているので、芸能人のブログを読んでいる気分に。しかし、内容は強烈だ。基本的に常に誰かが訴えられるような可能性に満ちている。
すぐに返信しないと追い打ちのメールが来る。夜中の2時でも構わずに。

「なぜ返信くれないのでしょう。
そもそもこの件は先生の管理不足が原因だと思います。

契約を再検討します。」

きびしい。スピード感が桁違いだ。確かに管理不足といえなくもないけど、会社の解散なんて10日でできませんよ…..交際費の使い方もいちいち指導できませんよ…..
しかし、まだ真面目な会計士だった私は極力即時対応を心がけ、問題点も会社の方々と一緒になって真摯に解決しようとしていた。しかし、真面目は損気。次第に私の精神は追い詰められていった。やはり、常に訴訟の可能性が見え隠れするのはきつい。

しかし、これが昼間に会うと太陽のようなナイスガイで、魅力的な言葉を掛けてくれる。

「いやー先生いつもありがとうございます。対応早いし、助かります。会社閉鎖の件は先生の言う通り延期します。で、3月中に計画が出てきたらあと1億出して、新規出店させようと思ってるんですよー。Dって会社知ってます?この前そこの社長と飲んだんですけど、営業協力してくれるって言ってて…………」

本当のことは何なのか、わからなくなっていく。
そして、そうこうしているうちにうまくいく会社も出てくる。あのマンション5億で売れましたよ、といった報告も届く。新規出店順調です、との月次報告も。
幻惑的経営。躁鬱経営。こんなやり方もあるのか。

1年、2年と付き合いを重ねていくと、次第に彼の進め方は分かってくる。思いつき投資、即損切り。彼は恋愛や結婚も同じスタンスだった。ただ、深夜のメールでは相変わらず厳しい言葉が使われるので、周りの人間の精神は次第に病んでくる。私も例外ではなかった。

ストレスには強い方だと自分では思っていたが、次第に酒量は増え、睡眠時間は減少していった。いよいよ自分の精神が耐えられなそうになったとき、彼は全てのビジネスから手を引く、と言い始めた。
思いつきであろうことは分かっていたが、乗るしかないこのビッグウェーブに、と「承知しました。即時対応します」と答え、粛々と法人を整理していった。

整理には半年程度かかったが、なんとか私の精神状態はギリギリで保たれ、訴訟も打たれず、会社も儲かったが、この件は私に大きな教訓を与えてくれた。

やばい経営者はまじでやばい。

 

でも、やっぱり魅力的だからまた同じような人がいたら近づいちゃうんですよね……..きっと。

 

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

私には夢がある(野球キャバクラ経営)

私には夢がある。それは、いつの日か、野球狂のホステスだけがいる飲み屋を作るという夢である。

15年ほど前、神田で飲み歩いていて、4次会くらいのところで「コスプレキャバクラ」に入ったことがある。
泥酔し、コスプレなんて興味ねえよ~と言いつつ入店したところ、満員です、と言われ、しばし待つことに。もう11時を過ぎていたが、オタク風の1人客が等間隔に10人以上座っており、みな楽しそうに女性と話している。女性はめいめいのコスプレをしているが、私にはなんのキャラクターか分からなかった。
「あ~こういう店ね、ありがちだよね~」なんて話して待っていた。

しかし席に着いてみてびっくりした。そこはコスプレキャバクラではなく、オタク専用キャバクラだったのだ。彼女たちは全員、オタク的な話であれば例えどんな話であろうときっちりと話を合わせてくれるのだ。その時流行っていた「涼宮ハルヒ」「ぼくらの」「スクールデイズ」なんてアニメに関しては当然として、初代ガンダムのカイ・シデンが恋をした女の子の名前すら知っている。マクロスの映画のエンディングも把握していたし、AKIRAの大佐の髪型についてひとしきり冗談を言い合うことだってできた。

更に言えば、彼女たちは各々専門分野を持っており、私はアニメ、あの子はエロゲー、あの子は少年マンガで、等。専門分野に対する彼女たちのこだわり、造詣の深さは尊敬に値するレベルであった。

しかし、彼女たちはそのスキルと比して薄給だった。確か時給1,000円台であったように記憶している。
私はいたく感服し、その後指名で何度か来店することになってしまうのだが、、、それはよいとして。

この話を私が運営している草野球チームの仲間に話したところ、「それ、野球の話が同じレベルでできる店があったら、僕はハマりますね」と言った奴がいた。
なるほど!そりゃそうだ。あの深さで野球の話ができる女性が集っている店があったら、野球好きのおっさんが大量に通うのでは………野球好きのおっさんはただただ野球の話がしたいだけのいい人なのだ。でも妻と娘は全く耳を傾けてくれないし、時には同僚ではなく、女性にも聞いてもらいたいはずだ。

 

私の夢はそこから始まった。しばらく仕事が手につかず、妄想が止まらなくなった。

まずは12球団全部のファンの嬢を揃える必要がある。
しかし、一応ユニフォームを着てちょっと最近の選手の話ができるくらいではだめだ。広島担当であれば高橋慶彦の各年度の盗塁数を空で言えるくらいのレベルであってほしい。日ハムファンであれば巨人に取られた選手を全員列挙することくらいは基礎教養としてできて欲しいし、中日ファンであれば「あれ、誰だっけ、中日から西武に移籍したバッターで、、」と言ったら「田尾でしょ。あ、もしかしてバント職人の方?」くらいが即答できるくらいであって欲しい。
ペーパーテストと面接を課さないといけない。

毎月、嬢の成績を発表する必要もあろう。
指名客の比率が高い嬢は首位打者だ。シャンパンの本数が多いと本塁打王。お店への売上貢献高が1番の嬢を打点王としようか。是非三冠王を目指してほしい。三冠王なら契約更改で時給は倍増どころではない。
先発完投型(オープンラスト)の子には沢村賞をあげたい。クローザーも重要だ。荒れた客から集金してきっちりと家に帰す嬢はセーブ王として讃えよう。ヘルプが多くなってしまう嬢だって中継ぎ王が目指せる。今流行りのオープナー戦略は、、、ちょっと店としては困るところではある。ベスト9はどうやって選ぼうか。

できたら、専門分野も持ってほしい。高校野球専門やMLB専門はニーズが高い。社会人野球を専門にするとマニアックだが太いファンがつく可能性もある。学生時代に実際にプレイしていた方や、球場で売り子の経験がある方は人気がでるであろう。そして一番人気は球団ダンサーだ。各球団のダンサーを揃えることができたら言うことはない。ショータイムはきっと満席だ。

10月はクライマックスシリーズと日本シリーズの季節だ。年間成績の良かった嬢が優勝を目指し、指名・シャンパン争いを繰り広げる。いや、違う、シャンパンではなかった。客はビールを箱買いし、ビール掛けを目指すのだ……

店の名前は「WBC」(Women’s Baseball Club)
客が神様ではない。嬢が主役だ。

 

と、今日もこんな店を経営することを夢想しながらお酒を飲んでいます。

エマニュエル・トッド「老人支配国家 日本の危機」

国際問題の分析

トッド本人が決めてないんだろうと思われる本書の題名。実はそんなに日本の危機については書かれていません。それよりも英米、日本、中国、EUに関する人口統計や家族累計を基にした分析が慧眼だらけです。あまりに分かりやすいので、まとめたくなる衝動を抑えられませんでした。

まずは人々のイデオロギーが家族構造によって決まるという仮説については、以下の「読書感想文」で以前、自分勝手にまとめました。

エマニュエル・トッドの家族論

今回はその議論を踏まえて、最近の世界各国の動向についてのトッドの思考が述べられています。

英米(アングロサクソン系民族)による主導が続く

アングロサクソン流の「絶対核家族」では、子供は早期に独立し、自分の世界を確立する必要がある。
シュンペーターの有名な議論に、「資本主義は創造的破壊を起こさないとダイナミックに動かすことができない」というものがあるが、「絶対核家族」の家族類型がこの創造的破壊を起こすことに適合していたのだ、というのがトッドの説。
創造的破壊とは、自分が作り出したものを自分自身で破壊し、新しいものを創ることであり、家から早期独立することが創造的破壊をにつながっているのだ、と説く。

また、絶対核家族社会では、個人の平等に無頓着なため、格差社会に耐えられる。その結果が現在のアメリカの経済格差につながっている。

意外でしたが、トッドは現在のグローバリズムに批判的で、行き過ぎたグローバリズムと考えているようです。
特にアメリカにおいては、「自由貿易こそが格差を拡大し、社会を分断している。アメリカのリベラル政党は人種差別には敏感だが、グローバリズムによって苦しんでいる低学歴の同胞には共感しない。」と指摘し、さらに
「実は、黒人マジョリティの経済的利益に合致するのは「保護貿易」である。黒人差別は黒人以外の人種の安定要素として機能してきた歴史がある。」と説く。
これは今のリベラル勢力にはなかなか言えないことですよね。日本の左派には絶対に無理ですよね。
リベラル的思想を代表していると思われるような立場のエマニュエル・トッドがそれを言える、という点に知性の熟成を感じます。

こういった要因の帰結で、米国が不安定化していると見ます。それはアメリカの白人中年男性死亡率、乳幼児死亡率、刑務所収監率の増加に如実に現れているとのこと。

しかし、とトッドは言う。それでも今後も国際社会を主導していくのはアングロサクソン系だと(トッドはフランス人なので、個人的にはこの結論を苦々しく思っているのが読んでいて伝わります)。

英語圏(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等)の人口増加は継続しており、相変わらず経済力は強い。
ここで、アメリカの保護主義が進めば革命になる可能性があると言います。トランプ現象は行き過ぎたグローバリズムから保護主義への方向転換であり、トランプが負けてもまだその萌芽は残っている。もしその方向性が適切に進めば、トランプは歴史の転換点に現出した偉大な大統領となる可能性すらある、と言います。

そして、これから問題となるのは保護主義VSグローバリズムではなく、「極端な保護主義」か「リーズナブルで賢い保護主義か」なのだと結論付けています。

ちなみに、保護主義に進んだアメリカが、今後台湾及び日本を守るかどうかは分からない、として、日本の核武装についても肯定的な見解を述べています。

中国が世界の覇権を握ることはない

次に、人口統計的・家族類型的に「中国が米国を凌ぐ大国となり、世界の覇権を握るようなことはあり得ない」とトッドは予言しています。
その根拠は次のとおり。
中国の出生率は1.3人、また、出生児の男女比118:100(通常は106:100)であり、異常値を叩き出しており、急速な少子高齢化が進むことが確定している。更に言えばこの統計も正しいものかどうかはわからず、もっと酷い数値である可能性もある。
経済成長率はインドを下回り、中国国内には「教育水準の低さ」「急速な少子高齢化」「外需依存の歪な経済構造」という重大な不均衡が存在している。

そして最終的に
『「全体主義体制」の国が最終的に世界の覇権を握る事はあり得ない。一時的に効率よく機能したとしても、必ずある時点で立ち行かなくなる。やはり、人類の歴史は「人間の自由」を重んじる社会や国の方が最終的には優位に立つ、と私は考えます。』
と説いています。

自由という言葉が好きな自分勝手な私としては、トッドの上記の言葉を信じたいですが、どうなるんでしょう。

日本の直系家族の肯定的・否定的論点

日本やドイツのような直系家族では、家の存続のために継承者の能力が重要になってくるので、徹底して教育に力を入れる。子供を完璧に育てようとする。この「完璧」は社会のあらゆる側面に適用される。会社組織運営、製品製造、インフラの整備、教育システム等において「完璧」を目指した社会構造の構築が進められる。ただ次第に、「完璧」を目指すがゆえ、システムから外れるようなリスクを取らない傾向が進む。

戦後の高度成長と失われた30年の両方を見事に表現しているではありませんか。つくづく家族類型分類すげえーと思いませんか。

「直系家族がいったん完全に確立してしまうと、今度は社会全体が継続性だけを重視するようになり、化石化の傾向に陥りがちで、硬直化しやすい。未完成で不完全なシステムに留まっている時の方が実はうまくいく」
というトッドの言葉をもっと日本人に伝えていきたい。みんな、もうちょっとシステムや組織に対して緩くて適当でいいのではということですよ。

日本の移民政策に関しては以下のように言います。
『移民を受け入れない日本は「排外的」と言われますが、私が見るところそうではなく、仲間同士で摩擦を起こさずに暮らすのが快適で、そうした「完璧な」状況を壊したくないだけでしょう。子供を持つこと、移民を受け入れることは、ある程度の「不完全さ」や「無秩序」を受け入れることだからです。』
ほんと私もそう思う。

また、「直系家族では奔放な性は抑圧される傾向にある」そうで、現在不倫批判報道の増加は、直系家族的価値観が強化されている傾向の発露では、と言います。
そうそう、もう芸能人の不倫報道もやめようよ。

民主主義について

民主主義は識字率の上昇等のいくつかの条件が整えば自動的に起こる現象である。ただし、これには実は隠された土台があり、それは自民族中心主義である。民主主義とは本来は、自分たちの民族を特別だと考えて、それ以外の者を排除し、そうすることでグループを作り、その内部で社会的選択を検討するためのものである。

これを踏まえた上でのトッドの予測は、民主主義の失地回復は右派で起こるというもの。左派はグローバリズムなので民主主義の土台と根本的にズレている。
現在の文化左派は文化的差別を排除することに執心するあまり、実際には国際的な寡頭制(グローバリズム化した金融資本による支配)を代表することになる。
アメリカで言えば、Google等の新興グローバル企業の多くが民主党支持層である、ということが象徴的。

「ポピュリズムは、エリートが民衆の声に耳を傾けるのを拒否し、国民を保護する国家という枠組みを肯定的に引き受けない時に台頭してくるものです。逆に言えば、ポピュリズムはエリートが民衆の声を受け止めさえすれば自ずと消滅するものなのです。」

コロナについての概説

トッドの意見では、コロナのインパクトは「出生数の減少」と「自粛生活が全世代の平均寿命にもたらす悪影響」が重要である。
『高齢者の健康を守るために若者と現役世代の生活に犠牲を強いた。その傾向は日本のような「老人支配」の度合いが強い国ほど顕著です。社会が存続するうえで「高齢者の死亡率」よりも重要なのは「出生率」であることを忘れてはいけません。』
『老人を敬うのは良きモラルだとしても、「社会としての活力」すなわち「生産力」は、「老人の命を救う力」よりも「次世代の子供を産み育てる力」にこそ現れます。』

これ日本で言ったら炎上するやつだよなあ。でも私もまったく同じ意見です。

日本の女性がモテる理由

父系的な直系家族では女性の地位が下がる。父親を頂点にして兄弟が暮らす共同体家族(中国、ロシア)では更に女性の地位は下がる。実はユーラシア大陸の大部分(中国、ロシア、その他イスラム文化)で数世紀にわたって進行してきたのは女性の地位低下であり、日本もそのダイナミズムの中にあると考えられる。
女性の地位を上げ、人口増加につなげたいのであれば、江戸時代くらいのルーズさに戻ることを考えた方がいいのでは、というのがトッドの提言。

また、米国は伝統的に女性の社会的地位が高い。一方でアメリカ男性は非常にマッチョ志向が強い。つまり、社会が女性の強さを容認するがゆえに、個人としての男性は、より男らしさを強調した振る舞いに走る。
一方、日本ではグループとしては男性が強く、より大きな社会的な自由を享受している。ところが個人となると、女性と1対1で逆に女性に圧倒されてしまうことが多い。そこでトッドの40年の研究生活の果てに辿り着いた仮説では、「女性の地位が高い社会で育った男性と、父系的で男性上位社会出身の女性が出会うと、二人共それまで経験したことのないレベルで自分がリスペクトされているという感覚を味わうのですよ」とのこと。

これが日本の女性が欧米人にモテる理由なんじゃないの、と最後にコメントして終わっています。

経営者人格マトリクス

経営者と話す時はいつでも、その方が以下のマトリクスのどの象限に位置しているのかを把握して話すことになる。そもそも行動原理が全く異なるからだ。これを常に意識していないと、経営者に対するコンサルタントとしては何を依頼されているのかを正確に理解することができない。

創業者
上場 超人 狂人
エリート 有能な人 非上場
雇われ

基本ルール
・創業者寄りの経営者は株価を上げることを目標とする。
・雇われは役員報酬を継続的に授受することを目標とする。
・上場か非上場かは外の世界(株主やマーケット及び世間)を意識するかどうかが異なる。

 

上場+創業者
→現代における超人。通常数十億~数百億の資産を保有。
基本的に個人として人生を楽しむための資産は十分。思考回路は一般人には想像できない粋に達している。
自分が創業した会社のあくなき成長を目指すか、潤沢な資金をバックに自分の好きな趣味や人間に対して多様な投資を行う。基本的に怖いものはない。マスコミや国家権力くらい。
上場(M&A含む)によって株式のほとんどを売却してしまった場合は羨望の資産家となる。

上場+雇われ
→成功したエリート
株式を保有しているかどうかでさらに細分される。多くの株やストック・オプションを保有すればするほど上の象限に移動する。
自分の椅子を守り役員報酬を長期間受け取ることが目的となりがち。従って判断は保守的になる傾向にある。常に株主への説明責任に頭を悩ます存在。株主と有能な部下が怖い。

非上場+創業者
→愛すべき狂人。叩き上げ経営者。
狂人にならなかった二代目は基本的に下の象限に移動する。
会社の調子が良い限りは好き放題できる。業績が悪いと自分の自由が制限されたり雇用を維持できないことを強烈に理解しているため、腹をくくっている方が多い。
→この象限については個人事業主やフリーランスとの区別が難しいが、売上規模や雇用人数である程度区別できると思う。売上が億単位もしくは雇用人数が数十人になった時にこの象限に入るというイメージ。
太いお客さんと税務署が怖い。

非上場+雇われ
→有能なサラリーマン
歴史の長い優良企業に多い。全てを卒なくこなす人格者が多い印象。
会社の長期的な成長と従業員雇用の維持を目標としながら、個人の自己実現を現実的に追求している。
ただ、創業者(株主)が人選を誤って無能な者が指名された場合は(または二代目が無能だと)、従業員が多大な迷惑を被ることになる。
おそらく常に様々なことに頭を悩ましている。

 

一般的には右の象限から左の象限に移ることは可能。しかし、下の象限から上の象限に移ることは困難。
特に「有能な人」から「狂人」に移るのは非常に困難。
「狂人」は会社を成長させ上場させれば「超人」になれる。

もちろん、上記は経営者としての人格であり、行動原理であるから、経営を離れたプライベートの人格はその限りではない。限りではないのだが、プライベートの人格や行動に大きな影響を与えてしまうことが多い。

 

どの方も有能で、魅力的ですよ。ただ、友人としては「狂人」が一番おもしろいですね。最も金払いがいいのはもちろん「超人」ですが、扱いが非常に難しいです。私は業務的には「有能な人」と一番相性が合います。

年間交際費2億円の男

営業の一環で彼の会社の決算書を初めて見た際は驚愕した。従業員数十名の会社にも関わらず、長期間一貫して10億円以上の利益が出ているのだ。しかも毎年2億円以上の交際費が計上された上で。

交際費年間2億円ということは、月額2,000万円弱、飲みに行ったら毎回百万円単位で浪費しなければならない計算だ。平日のほとんどを銀座の高級クラブに通っているようで、何度か同伴させていただいたことがあるが、彼が入店すると間髪入れずにドンペリ的な何かのボトルが5~10本並ぶ。代わる代わる10人近くの女性が周りを囲み、銀座プロホステスの仕事を見せつけられ、席の全員を巻き込んできっちりと会話が盛り上がる。だがその饗宴のなか、1時間もすると彼はすっと立ち上がり、「ではまた来週!」と言って出口に向かう。「でたでたー社長、また明日!でしょうー」と囃し立てるホステスを背中にお愛想する姿はまさに粋の骨頂。そして次のクラブで全く同じことを繰り返す。その夜の4,5軒のはしごで、200万円以上は使っているのではと思われる。

なぜこんなことが可能なのか。
彼の会社は、ある南米の巨大な企業と日本の巨大メーカーを強く結びつけることに成功していた。
その時はすでに亡くなっていた共同創業者と一緒に粘り強く交渉し独占契約にこぎつけていた。
商材が非常に特殊であったため、中間業者としての彼の会社の存在感は長期にわたって色褪せなかった。

私が呼ばれた理由は、上場ミッションだった。
上場を目指す際、まずはショートレビューと呼ばれる事前調査が必要になる。粉飾がないか、社内管理体制が整備されているか、黒い交際関係はないか、ビジネスモデルに継続性はあるか、といった上場の前提となる条件が整っているかどうかを確認する調査だ。通常は監査法人や証券会社が行うことになるが、なぜか私のコンサル会社に依頼してきた。

私は教科書どおりに「収益性は十分ですが、問題は管理体制です。南米の子会社は仕入規模が大きいので管理体制が問題となるでしょう。さらなる調査は現地に行く必要があります。」と話した。
正直なところ、南米子会社の決算書は怪しいところだらけだった。

南米法人の経営は現地の日本人社長にほぼ任せられていた。所謂コストセンターで、北米・南米からの仕入を全て担っている。現地社長の語学力と人脈は確かなものであったが、管理能力には疑問符がついた。

こいつは行ってみないとしょうがないぜよ、ということで追加報酬の交渉も忘れ、ワクワク気分で南米にひとっ飛びした。

調査の結果は問題点の宝庫だった。
・人件費を現地社長の個人会社を通して払うことにより年間1億円ほど中抜き
・外注費の水増し
・粉飾会計(経費を10年間にわたり3億円ほど資産計上。これは税金の払い過ぎでもある)
・個人経費(ペットの餌等)を毎月百万単位で付け替え

1週間程で効率よく問題点を大量に発見し、私は得意満面だった。こりゃ継続契約になるし、結構お金もらえるなあ、と。
「ありゃー、これじゃ上場できないかなあ」社長は頭を抱える。
「そうですね。ただ、利益は十分ですから、1,2年かけて問題点を整理すればいけますよ」
「そうなの!じゃあ、厳しく迅速に進めよう。こんなのは横領だ、と書いちゃってよ」

通常、上場準備の報告書に「横領」といった言葉は使わない。それは上場しようとしているのに、会社が傷物であることを喧伝するようなものだ。違和感はあったが、銀座で圧倒された経験が私の判断を鈍らせていた。

報告会は荒れた。

南米法人の社長は年輩の会計士を連れてきて大きな声で怒鳴り立てた。
「横領とはなんだ!こんな報告書はでたらめだ」(本当にこんなドラマみたいなセリフを言った)
「そもそも誤字脱字が多い」(それは本当だが、どうでもいいじゃん)
「ここの合計額が1,000円ずれているのだが……」(まじでどうでもいい)
「会計士としてあるまじき報告書だ」(どういうこと?)

本質から大きく外れた指摘に一生懸命説明している私のそばで、交際費2億円男は黙ってそのやり取りを見ているだけだ。私に加勢してこない。どういうことだ?

3時間を超える白熱教室の後、彼は私にこう言った。
「ごめんなさいね、こんなに揉めちゃったから、一回、会社で整理することにしますね」
びっくりしたが、そこから全く連絡が途絶えた。連絡しても経理のおばちゃんしか対応してくれないようになった。

なぜこの時まで気づかなかったのだろう。彼は上場する気など、さらさらなかったのだ。南米法人の幹部を牽制したかっただけだったのだ。
こう書いていくと当たり前のようだが、未熟な私はこの時点まで全く気づかなかった。本当に上場をしたいのだと考えていた。よく考えたら上場を目指す理由を聞いてもろくな回答を返してくれなかったなあ。
まじめに上場を考えていた私が馬鹿みたいだ。報酬は高額ではなかったがもらえたし、南米も行けたし、仕事としては成功の部類だとは思うのだが、どうも敗北感が残る。自分の思った形ではなく利用されるとこういう気分になるのか。

かくして私はお役御免となり、二度と銀座に行けなくなった。
銀座かあ、きっと私には無理な世界なのだなあ、とそのとき思い知らされたのでした。

 

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍(大木毅著)

ロシアがウクライナに侵攻した。
もうニュースを観るのもつらいので、こういう時に、両国の歴史について理解を深めようと考え、「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍(大木毅著)」を読みました。

感想としては、圧巻の一言。
ヒトラーとスターリンが両者ともにおかしくなっていくにつれて、指数関数的に積み上がっていく戦死者数。最終的に両国合わせて3,000万人以上。ヒトラー、スターリンの判断ミスによって死ぬ人数が桁違いで….2人がちょっと意固地になるだけですぐに100万人くらい死んでしまう、という事象の記録の連続です。震えます。

文中に多くの数字が出てきます。各国戦力や移動距離の記述も多いのですが、死者数と捕虜数のデータが圧巻なので、とりあえずそれだけ抽出して記録しておこうかと。

ソ連側犠牲者数

項目 犠牲者数(人) 詳細
総死者数 27,000,000 最大の推定で、戦闘員11,400,000、軍事行動・ジェノサイドによる民間人犠牲者10,000,000、その他疫病及び飢餓等により9,000,000
スターリンによる粛清 22,705 クーデターを恐れたスターリンが銃殺した将校の数
バルバロッサ作戦 504,937 ドイツ軍との初戦による戦死、負傷、捕虜数
キエフ戦 452,720 ウクライナ戦線の戦死者(ヒトラー・スターリンが当地域に拘泥)
レニングラード包囲戦 1,000,000 ヒトラーが包囲戦を選択、スターリンは断固として聖都を放棄せず
死者の97%が餓死(人口319万人)
ユダヤ人虐殺 900,000 ドイツ軍出動部隊によるソ連領内のユダヤ人の虐殺
ソ連軍捕虜死者数 3,000,000 全捕虜数5,700,000人中の死亡者。強制労働、飢餓、伝染病等。
ソ連軍捕虜強制労働者 8,400,000 民間人も含む

独ソ戦開戦初期はドイツ軍の攻勢が凄まじく、またスターリンが主要な将校を大量に銃殺していたためソ連軍の統率が取れておらず、大量の犠牲者が積み上がっていきます(独ソ不可侵条約をドイツが破って侵攻してきた、という点も重要)。特にレニングラードはスターリンが死守を厳命し、ドイツ軍が900日間の完全包囲を行ったため、食料が届けられず、民間人も含め、100万人の餓死者が出ます。おそろしすぎる….

独側被害者数

項目 犠牲者数(人) 詳細
総死者数 3,000,000
~5,000,000
戦闘員5,318,000、民間人3,000,000(独ソ戦以外も含む数字)
スターリングラード包囲戦 195,000
~380,000
包囲を解いたソ連軍の反攻
ドイツ人捕虜数 2,600,000
~3,500,000
およそ30%が死亡と推定
ソ連国内のドイツ系民族 1,400,000 強制移住させられ、20~25%が死亡と推定
ドイツ占領地域の難民 12,000,000
~16,000,000
ソ連の反攻に伴い、ドイツ占領地域にいたドイツ系民族は徒歩でドイツに向かうことになる
1945年8月の犠牲者 450,000 ソ連軍のドイツ領内への侵攻によりこの月だけでこの人数が犠牲になっている

1943年頃から、ソ連軍の態勢が整い、反攻が開始されます。
この時点で既にソ連側で数百万から数千万人の犠牲者が出ていますから、「報復は正義」とされ、ソ連軍のドイツへの報復も凄惨なものになっていきます。戦闘員ではない子供や女性も大量に虐殺されます。
ところで、なぜドイツは最終段階の絶望的な情勢でも抗戦を続けたのかという問いには、ドイツ人の生活水準は周辺諸国を占領することによって支えられており、よって、ドイツ国民はナチスに間接的に加担していたのだ、との見解が記述されています。

第二次大戦のヨーロッパ戦線はドイツvsイギリスやフランスが注目されがちですが(映画が多いからでしょうか)、独ソ戦の方が圧倒的に犠牲者が多く、この本を読むとこちらが主要戦線なのだと気付かされます。
本書では独ソ戦は途中より絶滅戦争(世界観戦争)に突入してしまったのだ、と指摘しています。

これだけの強烈な犠牲をもって絶滅戦争を戦ったのだから、ナチスを殲滅したのは俺たちだ!という自負はでるわなあ。ちなみにイギリスの犠牲者は450,000人(Wikipedia)。死者を数で比べるな!というのもわかるけど。けどねえ。
当然、戦争を仕掛けるのは最悪だと思います。ただ、なぜイギリスフランスはEUとかNATOとか言ってドイツと連帯して、東側に拡大してきやがる?という気持ちにはなるわなあ、と自分としては多少腑に落ちてしまうものがありました。

粉飾事例研究(日本M&Aセンター42億円の売上前倒し)

案件概要

日本M&Aセンターで粉飾です。M&A業界の端くれの石の下で蠢いている自分としては無視できないということで、67ページの調査報告書を、80%の下衆の勘ぐりと20%の専門家としての純粋な興味を下敷きに通読しました。

後で調査報告書をまとめたりしていますが、非常にざっくりと説明しますと以下の通り。
部署ごと営業担当者ごとの営業目標(ラップ制度・コミットメント制度)を達成するために、部長及び従業員が時に競い合い、時に馴れ合いながら、仲介している案件の株式譲渡契約書の押印を偽証したり、案件の進捗についての口裏を合わせたりし、3年半で約42億円(83件)の売上を前倒し計上した。ただしほとんどは売上の計上時期のズレ。経営陣は認識しておらず指示した証拠もなし(役員報酬は減額)。株価はおおよそ50%ダウン。上場は維持。監査法人は言われるまで気づかず。ところで根本的な問題はM&A仲介の利益相反(双方代理)では?

もちろんのこと、株式市場の番犬としては、粉飾は赦されざる行為であると考えております。ただ今回については、報告書を熟読すると、まあ、こういうことは起こるわなあ、、、という感想を持ってしまったところです。

原因については、調査報告書の中でも経営目標の設定方法や社内風土の問題が指摘されております。他には、M&Aの特性から営業担当者が案件のスケジュールをハンドルすることが困難であるという点と、M&A仲介業者の双方代理という問題点が浮かび上がります。

営業担当者は、常に年間の営業成績を算段しています。見込み案件、確定案件等の金額予測を集計して、当期の営業成績がどこまで伸びるか、その結果インセンティブ報酬がいくらもらえて、それが出世にどう影響するか、はたまた部長や同期達にどう評価されるかを、脳髄が擦り切れるくらい考えているはず。
部長は部長で部下達にいつも確認します。この案件、大丈夫なのか。当期に見込んじゃっていいか。こう言われれば多くの営業は、「はい、大丈夫です!」と言ってしまいますよね。営業の矜持として。かくして、数字は歩き出し、達成するはずのものとなっていく。

しかし、M&Aは、往々にして自分の帰責ではない理由で全く見込み通りに進みません。売り手が当初と違う条件を追加してきて、1ヶ月以上進捗が凍りついたりします。契約最終段階でつまらない会計士がどうでもいい会計上のミスを見つけたせいでズルズルとスケジュールが伸びたりします。目端の利く奴が血塗られた過去の横領を見つけちゃったりします。
仲介手数料は最終の株式譲渡契約書が締結され、案件がクローズされない限り入金されません。
こんな場合の、営業担当者のいらつき、焦燥は想像に難くありません。「なんだよあいつらむかつくな~、早く確定してくれよ。部長にも言っちゃってるんだよ。どうせ契約するんだから早くしてくれよ。ねえねえ、売り手の担当者さんもそう思うよねえ。」

そうなんですよね。M&Aセンターではほぼ全ての案件で、売り手と買い手の営業担当者が同じ会社にいるのです。M&Aセンターのみならず、多くのM&A仲介会社は、売り手・買い手、双方の代理を行い、双方から仲介手数料を収受しています。現状では売り手・買い手両方の情報が大手の仲介会社に集中しているため、そういうモデルが可能なのです。そうすると、彼らは、M&Aを成約させるために、売り手・買い手のどちらかを騙して進めることができてしまいます(実際にそういうことをやっているのだとは言っていません。念の為に)。例えば、買い手にとって不利な譲渡価額だとしても、敢えてその旨を伝えないとか……
代理される側の売り手・買い手にとってはたまったものじゃありません。
私はこの仕組みについて憤懣やるかたない思いを抱えていますので、チャンスがあれば買い手の代理人についてアドバイスをしたりしています。

この双方代理問題はかねてより問題視されていて、様々提言はされたりしているのですが、今回は、この構造が粉飾会計をする背景の一つにもなったのでは、と勝手に想像しています。社内にいる売り手買い手の営業担当者が、自分達の成績のために口裏合わせて契約書偽証、という流れになるのは容易に想像できませんか。相手の状況が把握できれば、偽証をするハードルは低く感じてしまいませんかね。
そもそも営業担当者の役割が、いいM&Aを達成することではなく、成約までいかに早く進めるか、ということにすり変わっているのでは?と思わざるを得ませんし、実際にそういう担当者にもよくよくお会いしております。

 

また、会計上の売上計上タイミングの判断は樽木管理本部長に依存していたようです。売上計上タイミングを報告する営業担当者は会計責任から比較的遠くに置かれていました。すなわち、会計上の問題は他人事と考えることができる状況だったようです。まあ、多くの会社でそうだと思いますが。
ほとんどの人間は、正義や、金銭的なリスクよりも、「誰に怒られるか」「誰に褒められるか」という基準で行動を決めていると思います。売上計上タイミングをいじっても大して怒られなそうだな、と判断したら、そりゃあ営業成績を上げて部長に褒められる方を選びますよね。
実際は「売上取消」になったら問題になっていたのだと思います。ただ、今回の調査で明らかになっていますが、売上計上タイミングを粉飾しても、その後取消になった案件はそれほど多くはありません。実は、営業担当者の判断はそれなりに正確だったのですね。そういうこともあり、皆さん過信したのかもしれません。

こういった複合的心理要因から起こった粉飾なのだろうなあ、としんみりと考えております。

粉飾評価

裁定 点数 コメント
粉飾極悪度 30点 売上の期ズレがほとんどのため、そこまで極悪ではないのでは
しかし、M&A仲介で数十億売上いじれるって、どんだけ儲かってんだよ…
経営者個人責任 20点 個人としての指示はほぼ無し
組織統制の問題 70点 適切な組織風土及び統制組織を作れなかったという意味で経営者の責任あり
従業員責任 60点 従業員の責任はあるが、多少の同情を禁じえない

※あくまで開示された情報をもとに筆者が独断偏見で付した得点であり、実態と異なる場合は平に土下座させていただく所存でございます。

経営者個人の私利私欲や保身のために自ら指示し、内部統制を無効化した粉飾ではなく、部長職や営業担当者の暴走という傾向が強いです。そもそもの内部統制が弱かった、という評価ですね。
あとは、まあ、役員含め、皆さんちょっと調子に乗ってたんじゃないですか。
(最後の言葉は大手仲介会社に大きなM&A案件を独占されている私の僻み)

 

ここより下は自分自身と会計士のための備忘記録です。

調査の詳細

発覚スケジュール

2021年10月8日 渡部取締役に再編部部長から売上前倒し計上の持ち掛けがあり、契約書の偽造の可能性に気づく
2021年10月18日 三宅社長・樽木管理本部長に報告
2021年11月末 樽木管理本部長が個別面談し17件の不正を把握
2021年12月6日 常務会で公表
2021年12月8日 トーマツに報告
2021年12月20日 適時開示
2021年12月20日 弁護士に調査を依頼
2021年12月20日~2022年1月11日 予備調査
2022年1月12日~2月24日 本調査
2022年1月21日 トーマツに追加の内部通報
2022年2月14日    訂正報告

上記を読むだけで、担当者と監査法人の胃が次第にキリキリと痛んでいく感じが伝わり、第三者としてはワクワクします。でもさすがに対応としては結構早いですね。

粉飾手法

具体的手法
① 最終株式譲渡契約書の印影の切り貼り→単純だが発見が難しい
②「ディールブレイカーの解消」について管理部に虚偽報告

個人的には「ディールブレイカーの解消」という言葉が「シュレーディンガーの猫」みたいでお気に入りです。
「M&Aディールがブレイクする要因がなくなった状態」、ということらしく、その状態にあることを確認できて初めて売上を計上していいという基準を採用していたようです。
しかし粉飾を企図している側はディールブレイカーが無いことを報告するだけなので、報告を受けた側は反証が困難です。実際は樽木管理部長の長年の経験によって最終的な判断が行われていたようですが、長年の経験があっても、報告から除外されてしまえばわからないですよね。そもそもそのように情報が非対称である状態で真面目に会計を論じていた、という状況自体が「シュレーディンガーの猫」的で好きです。

また、ディールがブレイクしてしまったら入金はされないので、長期入金されない売掛金を見ていけばこういう粉飾の萌芽は見つけられたはずです。監査法人がまず気づくべきだったとすればその点かと思いますが、どうだったんでしょう。その点は報告書に詳細はありませんでした。また、残念ながら契約書印影の偽証はなかなか気づけないですね。。。

基本的には複数犯で、一方が断ったケースもある。全くの架空案件はない。
取締役の関与はない

報告書が考える粉飾の背景

関係者は80名に及ぶ→すなわち根源的な組織環境に起因すると考えられる。
報告書は売上目標の達成にこだわる組織体制が問題であったと断じている。
当期はEXCEED30というテーマでさらなる成長を計画していた。
売上達成目標としては部門目標の「ラップ制度」→各四半期ごとに34%,67%,100%,120%の目標達成を理想とする、という考え方。もうひとつは個人ごとの「コミットメント制度」→各担当者の四半期ごとに達成できると考える売上額(コミットメント)を部署に報告する制度。
この制度が絡み合い、個人のコミットメントが、遅れ等により達成できないと部全体に迷惑がかかるという関係を醸成していた。この構造から、営業担当者はコミットメントを守らねば、という心理状況に追い込まれていたと思われる。
インセンティブは売上達成目標達成率100%でないと支給されない制度になっていた。ただし、報告書ではこの影響は限定的ではと結論付けている。

上記背景について従業員に対してアンケートを行っているのだが、その結果はなかなか興味深かった。

その他報告書の指摘する心理的要因
①ディールは架空ではない。進行しているし単なる期ずれであると軽く考える
②単なる社内報告だし、会計は別に管理部の判断で行われるものだ
③みんなやっている。共犯意識。
④コロナに負けない、というメッセージも出しており、この影響もあるのでは

それにしても、なんでみんなそんなに頑張るのかなあ、と思う人もいるかもしれない。こういう過大な成長路線が無理を産んで不正の原因となるのだ!という考え方もある。でもこの意味不明とも言える売上増加への大いなる意思が日本経済効率化に一翼を担っているのも確なので、私はあまり簡単に批判はできないですねえ。

問題の業務フロー

請求書の送付自体は担当者に委ねられていた→これは重要かもしれない。請求書の送付業務を管理部が行っていれば、そもそもこの粉飾は起きていないのではと思われる。
長期の売掛金は営業担当者が「確認書」を顧客から取得する。しかし、担当者が偽装可能だった。
売上計上の判断は樽木管理本部長で経験に基づく案件ごとの個別の判断
→ディールブレイカーの解消は担当者に聞く以外ない 長期に及ぶ等の事情が無い限り認めざるを得ない
→売り手・買い手から管理部が直接確認するフローが必要だった(これも管理部長が抱き込まれれば終わりだが)
相互抑止機能が発揮されなかった。

報告書の調査方法

各四半期の売掛金を調査対象とする(1,075取引)
押印・署名が同じかを目視で確認→すべての契約書(秘密保持、提携仲介契約書、基本合意書、最終契約書)
不正案件担当者へのヒアリング→153通の回答
リスクが高い取引のサンプリング(メール閲覧、IR情報との整合性を確認)
営業担当役員への質問(不正の自主申告を促し、関与がない誓約と取る)
案件紹介料(売上原価)と売上の対応を確認(総勘定元帳から)
営業部長6名へのヒアリング(経緯、動機、プレッシャー、)回答書14通
関与案件担当者73名へのヒアリング
経営陣7名ヒアリング
経営資料の調査(経営計画、IR、組織図、経営会議資料、売上管理資料等々)
デジタル・フォレンジックの実施(EY)
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