案件概要
日本M&Aセンターで粉飾です。M&A業界の端くれの石の下で蠢いている自分としては無視できないということで、67ページの調査報告書を、80%の下衆の勘ぐりと20%の専門家としての純粋な興味を下敷きに通読しました。
後で調査報告書をまとめたりしていますが、非常にざっくりと説明しますと以下の通り。
部署ごと営業担当者ごとの営業目標(ラップ制度・コミットメント制度)を達成するために、部長及び従業員が時に競い合い、時に馴れ合いながら、仲介している案件の株式譲渡契約書の押印を偽証したり、案件の進捗についての口裏を合わせたりし、3年半で約42億円(83件)の売上を前倒し計上した。ただしほとんどは売上の計上時期のズレ。経営陣は認識しておらず指示した証拠もなし(役員報酬は減額)。株価はおおよそ50%ダウン。上場は維持。監査法人は言われるまで気づかず。ところで根本的な問題はM&A仲介の利益相反(双方代理)では?
もちろんのこと、株式市場の番犬としては、粉飾は赦されざる行為であると考えております。ただ今回については、報告書を熟読すると、まあ、こういうことは起こるわなあ、、、という感想を持ってしまったところです。
原因については、調査報告書の中でも経営目標の設定方法や社内風土の問題が指摘されております。他には、M&Aの特性から営業担当者が案件のスケジュールをハンドルすることが困難であるという点と、M&A仲介業者の双方代理という問題点が浮かび上がります。
営業担当者は、常に年間の営業成績を算段しています。見込み案件、確定案件等の金額予測を集計して、当期の営業成績がどこまで伸びるか、その結果インセンティブ報酬がいくらもらえて、それが出世にどう影響するか、はたまた部長や同期達にどう評価されるかを、脳髄が擦り切れるくらい考えているはず。
部長は部長で部下達にいつも確認します。この案件、大丈夫なのか。当期に見込んじゃっていいか。こう言われれば多くの営業は、「はい、大丈夫です!」と言ってしまいますよね。営業の矜持として。かくして、数字は歩き出し、達成するはずのものとなっていく。
しかし、M&Aは、往々にして自分の帰責ではない理由で全く見込み通りに進みません。売り手が当初と違う条件を追加してきて、1ヶ月以上進捗が凍りついたりします。契約最終段階でつまらない会計士がどうでもいい会計上のミスを見つけたせいでズルズルとスケジュールが伸びたりします。目端の利く奴が血塗られた過去の横領を見つけちゃったりします。
仲介手数料は最終の株式譲渡契約書が締結され、案件がクローズされない限り入金されません。
こんな場合の、営業担当者のいらつき、焦燥は想像に難くありません。「なんだよあいつらむかつくな~、早く確定してくれよ。部長にも言っちゃってるんだよ。どうせ契約するんだから早くしてくれよ。ねえねえ、売り手の担当者さんもそう思うよねえ。」
そうなんですよね。M&Aセンターではほぼ全ての案件で、売り手と買い手の営業担当者が同じ会社にいるのです。M&Aセンターのみならず、多くのM&A仲介会社は、売り手・買い手、双方の代理を行い、双方から仲介手数料を収受しています。現状では売り手・買い手両方の情報が大手の仲介会社に集中しているため、そういうモデルが可能なのです。そうすると、彼らは、M&Aを成約させるために、売り手・買い手のどちらかを騙して進めることができてしまいます(実際にそういうことをやっているのだとは言っていません。念の為に)。例えば、買い手にとって不利な譲渡価額だとしても、敢えてその旨を伝えないとか……
代理される側の売り手・買い手にとってはたまったものじゃありません。
私はこの仕組みについて憤懣やるかたない思いを抱えていますので、チャンスがあれば買い手の代理人についてアドバイスをしたりしています。
この双方代理問題はかねてより問題視されていて、様々提言はされたりしているのですが、今回は、この構造が粉飾会計をする背景の一つにもなったのでは、と勝手に想像しています。社内にいる売り手買い手の営業担当者が、自分達の成績のために口裏合わせて契約書偽証、という流れになるのは容易に想像できませんか。相手の状況が把握できれば、偽証をするハードルは低く感じてしまいませんかね。
そもそも営業担当者の役割が、いいM&Aを達成することではなく、成約までいかに早く進めるか、ということにすり変わっているのでは?と思わざるを得ませんし、実際にそういう担当者にもよくよくお会いしております。
また、会計上の売上計上タイミングの判断は樽木管理本部長に依存していたようです。売上計上タイミングを報告する営業担当者は会計責任から比較的遠くに置かれていました。すなわち、会計上の問題は他人事と考えることができる状況だったようです。まあ、多くの会社でそうだと思いますが。
ほとんどの人間は、正義や、金銭的なリスクよりも、「誰に怒られるか」「誰に褒められるか」という基準で行動を決めていると思います。売上計上タイミングをいじっても大して怒られなそうだな、と判断したら、そりゃあ営業成績を上げて部長に褒められる方を選びますよね。
実際は「売上取消」になったら問題になっていたのだと思います。ただ、今回の調査で明らかになっていますが、売上計上タイミングを粉飾しても、その後取消になった案件はそれほど多くはありません。実は、営業担当者の判断はそれなりに正確だったのですね。そういうこともあり、皆さん過信したのかもしれません。
こういった複合的心理要因から起こった粉飾なのだろうなあ、としんみりと考えております。
粉飾評価
裁定 | 点数 | コメント |
粉飾極悪度 | 30点 | 売上の期ズレがほとんどのため、そこまで極悪ではないのでは しかし、M&A仲介で数十億売上いじれるって、どんだけ儲かってんだよ… |
経営者個人責任 | 20点 | 個人としての指示はほぼ無し |
組織統制の問題 | 70点 | 適切な組織風土及び統制組織を作れなかったという意味で経営者の責任あり |
従業員責任 | 60点 | 従業員の責任はあるが、多少の同情を禁じえない |
※あくまで開示された情報をもとに筆者が独断偏見で付した得点であり、実態と異なる場合は平に土下座させていただく所存でございます。
経営者個人の私利私欲や保身のために自ら指示し、内部統制を無効化した粉飾ではなく、部長職や営業担当者の暴走という傾向が強いです。そもそもの内部統制が弱かった、という評価ですね。
あとは、まあ、役員含め、皆さんちょっと調子に乗ってたんじゃないですか。
(最後の言葉は大手仲介会社に大きなM&A案件を独占されている私の僻み)
ここより下は自分自身と会計士のための備忘記録です。
調査の詳細
発覚スケジュール
2021年10月8日 渡部取締役に再編部部長から売上前倒し計上の持ち掛けがあり、契約書の偽造の可能性に気づく
2021年10月18日 三宅社長・樽木管理本部長に報告
2021年11月末 樽木管理本部長が個別面談し17件の不正を把握
2021年12月6日 常務会で公表
2021年12月8日 トーマツに報告
2021年12月20日 適時開示
2021年12月20日 弁護士に調査を依頼
2021年12月20日~2022年1月11日 予備調査
2022年1月12日~2月24日 本調査
2022年1月21日 トーマツに追加の内部通報
2022年2月14日 訂正報告
上記を読むだけで、担当者と監査法人の胃が次第にキリキリと痛んでいく感じが伝わり、第三者としてはワクワクします。でもさすがに対応としては結構早いですね。
粉飾手法
具体的手法
① 最終株式譲渡契約書の印影の切り貼り→単純だが発見が難しい
②「ディールブレイカーの解消」について管理部に虚偽報告
個人的には「ディールブレイカーの解消」という言葉が「シュレーディンガーの猫」みたいでお気に入りです。
「M&Aディールがブレイクする要因がなくなった状態」、ということらしく、その状態にあることを確認できて初めて売上を計上していいという基準を採用していたようです。
しかし粉飾を企図している側はディールブレイカーが無いことを報告するだけなので、報告を受けた側は反証が困難です。実際は樽木管理部長の長年の経験によって最終的な判断が行われていたようですが、長年の経験があっても、報告から除外されてしまえばわからないですよね。そもそもそのように情報が非対称である状態で真面目に会計を論じていた、という状況自体が「シュレーディンガーの猫」的で好きです。
また、ディールがブレイクしてしまったら入金はされないので、長期入金されない売掛金を見ていけばこういう粉飾の萌芽は見つけられたはずです。監査法人がまず気づくべきだったとすればその点かと思いますが、どうだったんでしょう。その点は報告書に詳細はありませんでした。また、残念ながら契約書印影の偽証はなかなか気づけないですね。。。
基本的には複数犯で、一方が断ったケースもある。全くの架空案件はない。
取締役の関与はない
報告書が考える粉飾の背景
関係者は80名に及ぶ→すなわち根源的な組織環境に起因すると考えられる。
報告書は売上目標の達成にこだわる組織体制が問題であったと断じている。
当期はEXCEED30というテーマでさらなる成長を計画していた。
売上達成目標としては部門目標の「ラップ制度」→各四半期ごとに34%,67%,100%,120%の目標達成を理想とする、という考え方。もうひとつは個人ごとの「コミットメント制度」→各担当者の四半期ごとに達成できると考える売上額(コミットメント)を部署に報告する制度。
この制度が絡み合い、個人のコミットメントが、遅れ等により達成できないと部全体に迷惑がかかるという関係を醸成していた。この構造から、営業担当者はコミットメントを守らねば、という心理状況に追い込まれていたと思われる。
インセンティブは売上達成目標達成率100%でないと支給されない制度になっていた。ただし、報告書ではこの影響は限定的ではと結論付けている。
上記背景について従業員に対してアンケートを行っているのだが、その結果はなかなか興味深かった。
その他報告書の指摘する心理的要因
①ディールは架空ではない。進行しているし単なる期ずれであると軽く考える
②単なる社内報告だし、会計は別に管理部の判断で行われるものだ
③みんなやっている。共犯意識。
④コロナに負けない、というメッセージも出しており、この影響もあるのでは
それにしても、なんでみんなそんなに頑張るのかなあ、と思う人もいるかもしれない。こういう過大な成長路線が無理を産んで不正の原因となるのだ!という考え方もある。でもこの意味不明とも言える売上増加への大いなる意思が日本経済効率化に一翼を担っているのも確なので、私はあまり簡単に批判はできないですねえ。
問題の業務フロー
請求書の送付自体は担当者に委ねられていた→これは重要かもしれない。請求書の送付業務を管理部が行っていれば、そもそもこの粉飾は起きていないのではと思われる。
長期の売掛金は営業担当者が「確認書」を顧客から取得する。しかし、担当者が偽装可能だった。
売上計上の判断は樽木管理本部長で経験に基づく案件ごとの個別の判断
→ディールブレイカーの解消は担当者に聞く以外ない 長期に及ぶ等の事情が無い限り認めざるを得ない
→売り手・買い手から管理部が直接確認するフローが必要だった(これも管理部長が抱き込まれれば終わりだが)
相互抑止機能が発揮されなかった。
報告書の調査方法
各四半期の売掛金を調査対象とする(1,075取引)
押印・署名が同じかを目視で確認→すべての契約書(秘密保持、提携仲介契約書、基本合意書、最終契約書)
不正案件担当者へのヒアリング→153通の回答
リスクが高い取引のサンプリング(メール閲覧、IR情報との整合性を確認)
営業担当役員への質問(不正の自主申告を促し、関与がない誓約と取る)
案件紹介料(売上原価)と売上の対応を確認(総勘定元帳から)
営業部長6名へのヒアリング(経緯、動機、プレッシャー、)回答書14通
関与案件担当者73名へのヒアリング
経営陣7名ヒアリング
経営資料の調査(経営計画、IR、組織図、経営会議資料、売上管理資料等々)
デジタル・フォレンジックの実施(EY)
Microsoft365メール(キーワード検索)、Teams、スマホSMS、Shurikenメール→25件の検索・調査
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