読書

エマニュエル・トッド「老人支配国家 日本の危機」

国際問題の分析

トッド本人が決めてないんだろうと思われる本書の題名。実はそんなに日本の危機については書かれていません。それよりも英米、日本、中国、EUに関する人口統計や家族累計を基にした分析が慧眼だらけです。あまりに分かりやすいので、まとめたくなる衝動を抑えられませんでした。

まずは人々のイデオロギーが家族構造によって決まるという仮説については、以下の「読書感想文」で以前、自分勝手にまとめました。

エマニュエル・トッドの家族論

今回はその議論を踏まえて、最近の世界各国の動向についてのトッドの思考が述べられています。

英米(アングロサクソン系民族)による主導が続く

アングロサクソン流の「絶対核家族」では、子供は早期に独立し、自分の世界を確立する必要がある。
シュンペーターの有名な議論に、「資本主義は創造的破壊を起こさないとダイナミックに動かすことができない」というものがあるが、「絶対核家族」の家族類型がこの創造的破壊を起こすことに適合していたのだ、というのがトッドの説。
創造的破壊とは、自分が作り出したものを自分自身で破壊し、新しいものを創ることであり、家から早期独立することが創造的破壊をにつながっているのだ、と説く。

また、絶対核家族社会では、個人の平等に無頓着なため、格差社会に耐えられる。その結果が現在のアメリカの経済格差につながっている。

意外でしたが、トッドは現在のグローバリズムに批判的で、行き過ぎたグローバリズムと考えているようです。
特にアメリカにおいては、「自由貿易こそが格差を拡大し、社会を分断している。アメリカのリベラル政党は人種差別には敏感だが、グローバリズムによって苦しんでいる低学歴の同胞には共感しない。」と指摘し、さらに
「実は、黒人マジョリティの経済的利益に合致するのは「保護貿易」である。黒人差別は黒人以外の人種の安定要素として機能してきた歴史がある。」と説く。
これは今のリベラル勢力にはなかなか言えないことですよね。日本の左派には絶対に無理ですよね。
リベラル的思想を代表していると思われるような立場のエマニュエル・トッドがそれを言える、という点に知性の熟成を感じます。

こういった要因の帰結で、米国が不安定化していると見ます。それはアメリカの白人中年男性死亡率、乳幼児死亡率、刑務所収監率の増加に如実に現れているとのこと。

しかし、とトッドは言う。それでも今後も国際社会を主導していくのはアングロサクソン系だと(トッドはフランス人なので、個人的にはこの結論を苦々しく思っているのが読んでいて伝わります)。

英語圏(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド等)の人口増加は継続しており、相変わらず経済力は強い。
ここで、アメリカの保護主義が進めば革命になる可能性があると言います。トランプ現象は行き過ぎたグローバリズムから保護主義への方向転換であり、トランプが負けてもまだその萌芽は残っている。もしその方向性が適切に進めば、トランプは歴史の転換点に現出した偉大な大統領となる可能性すらある、と言います。

そして、これから問題となるのは保護主義VSグローバリズムではなく、「極端な保護主義」か「リーズナブルで賢い保護主義か」なのだと結論付けています。

ちなみに、保護主義に進んだアメリカが、今後台湾及び日本を守るかどうかは分からない、として、日本の核武装についても肯定的な見解を述べています。

中国が世界の覇権を握ることはない

次に、人口統計的・家族類型的に「中国が米国を凌ぐ大国となり、世界の覇権を握るようなことはあり得ない」とトッドは予言しています。
その根拠は次のとおり。
中国の出生率は1.3人、また、出生児の男女比118:100(通常は106:100)であり、異常値を叩き出しており、急速な少子高齢化が進むことが確定している。更に言えばこの統計も正しいものかどうかはわからず、もっと酷い数値である可能性もある。
経済成長率はインドを下回り、中国国内には「教育水準の低さ」「急速な少子高齢化」「外需依存の歪な経済構造」という重大な不均衡が存在している。

そして最終的に
『「全体主義体制」の国が最終的に世界の覇権を握る事はあり得ない。一時的に効率よく機能したとしても、必ずある時点で立ち行かなくなる。やはり、人類の歴史は「人間の自由」を重んじる社会や国の方が最終的には優位に立つ、と私は考えます。』
と説いています。

自由という言葉が好きな自分勝手な私としては、トッドの上記の言葉を信じたいですが、どうなるんでしょう。

日本の直系家族の肯定的・否定的論点

日本やドイツのような直系家族では、家の存続のために継承者の能力が重要になってくるので、徹底して教育に力を入れる。子供を完璧に育てようとする。この「完璧」は社会のあらゆる側面に適用される。会社組織運営、製品製造、インフラの整備、教育システム等において「完璧」を目指した社会構造の構築が進められる。ただ次第に、「完璧」を目指すがゆえ、システムから外れるようなリスクを取らない傾向が進む。

戦後の高度成長と失われた30年の両方を見事に表現しているではありませんか。つくづく家族類型分類すげえーと思いませんか。

「直系家族がいったん完全に確立してしまうと、今度は社会全体が継続性だけを重視するようになり、化石化の傾向に陥りがちで、硬直化しやすい。未完成で不完全なシステムに留まっている時の方が実はうまくいく」
というトッドの言葉をもっと日本人に伝えていきたい。みんな、もうちょっとシステムや組織に対して緩くて適当でいいのではということですよ。

日本の移民政策に関しては以下のように言います。
『移民を受け入れない日本は「排外的」と言われますが、私が見るところそうではなく、仲間同士で摩擦を起こさずに暮らすのが快適で、そうした「完璧な」状況を壊したくないだけでしょう。子供を持つこと、移民を受け入れることは、ある程度の「不完全さ」や「無秩序」を受け入れることだからです。』
ほんと私もそう思う。

また、「直系家族では奔放な性は抑圧される傾向にある」そうで、現在不倫批判報道の増加は、直系家族的価値観が強化されている傾向の発露では、と言います。
そうそう、もう芸能人の不倫報道もやめようよ。

民主主義について

民主主義は識字率の上昇等のいくつかの条件が整えば自動的に起こる現象である。ただし、これには実は隠された土台があり、それは自民族中心主義である。民主主義とは本来は、自分たちの民族を特別だと考えて、それ以外の者を排除し、そうすることでグループを作り、その内部で社会的選択を検討するためのものである。

これを踏まえた上でのトッドの予測は、民主主義の失地回復は右派で起こるというもの。左派はグローバリズムなので民主主義の土台と根本的にズレている。
現在の文化左派は文化的差別を排除することに執心するあまり、実際には国際的な寡頭制(グローバリズム化した金融資本による支配)を代表することになる。
アメリカで言えば、Google等の新興グローバル企業の多くが民主党支持層である、ということが象徴的。

「ポピュリズムは、エリートが民衆の声に耳を傾けるのを拒否し、国民を保護する国家という枠組みを肯定的に引き受けない時に台頭してくるものです。逆に言えば、ポピュリズムはエリートが民衆の声を受け止めさえすれば自ずと消滅するものなのです。」

コロナについての概説

トッドの意見では、コロナのインパクトは「出生数の減少」と「自粛生活が全世代の平均寿命にもたらす悪影響」が重要である。
『高齢者の健康を守るために若者と現役世代の生活に犠牲を強いた。その傾向は日本のような「老人支配」の度合いが強い国ほど顕著です。社会が存続するうえで「高齢者の死亡率」よりも重要なのは「出生率」であることを忘れてはいけません。』
『老人を敬うのは良きモラルだとしても、「社会としての活力」すなわち「生産力」は、「老人の命を救う力」よりも「次世代の子供を産み育てる力」にこそ現れます。』

これ日本で言ったら炎上するやつだよなあ。でも私もまったく同じ意見です。

日本の女性がモテる理由

父系的な直系家族では女性の地位が下がる。父親を頂点にして兄弟が暮らす共同体家族(中国、ロシア)では更に女性の地位は下がる。実はユーラシア大陸の大部分(中国、ロシア、その他イスラム文化)で数世紀にわたって進行してきたのは女性の地位低下であり、日本もそのダイナミズムの中にあると考えられる。
女性の地位を上げ、人口増加につなげたいのであれば、江戸時代くらいのルーズさに戻ることを考えた方がいいのでは、というのがトッドの提言。

また、米国は伝統的に女性の社会的地位が高い。一方でアメリカ男性は非常にマッチョ志向が強い。つまり、社会が女性の強さを容認するがゆえに、個人としての男性は、より男らしさを強調した振る舞いに走る。
一方、日本ではグループとしては男性が強く、より大きな社会的な自由を享受している。ところが個人となると、女性と1対1で逆に女性に圧倒されてしまうことが多い。そこでトッドの40年の研究生活の果てに辿り着いた仮説では、「女性の地位が高い社会で育った男性と、父系的で男性上位社会出身の女性が出会うと、二人共それまで経験したことのないレベルで自分がリスペクトされているという感覚を味わうのですよ」とのこと。

これが日本の女性が欧米人にモテる理由なんじゃないの、と最後にコメントして終わっています。

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍(大木毅著)

ロシアがウクライナに侵攻した。
もうニュースを観るのもつらいので、こういう時に、両国の歴史について理解を深めようと考え、「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍(大木毅著)」を読みました。

感想としては、圧巻の一言。
ヒトラーとスターリンが両者ともにおかしくなっていくにつれて、指数関数的に積み上がっていく戦死者数。最終的に両国合わせて3,000万人以上。ヒトラー、スターリンの判断ミスによって死ぬ人数が桁違いで….2人がちょっと意固地になるだけですぐに100万人くらい死んでしまう、という事象の記録の連続です。震えます。

文中に多くの数字が出てきます。各国戦力や移動距離の記述も多いのですが、死者数と捕虜数のデータが圧巻なので、とりあえずそれだけ抽出して記録しておこうかと。

ソ連側犠牲者数

項目 犠牲者数(人) 詳細
総死者数 27,000,000 最大の推定で、戦闘員11,400,000、軍事行動・ジェノサイドによる民間人犠牲者10,000,000、その他疫病及び飢餓等により9,000,000
スターリンによる粛清 22,705 クーデターを恐れたスターリンが銃殺した将校の数
バルバロッサ作戦 504,937 ドイツ軍との初戦による戦死、負傷、捕虜数
キエフ戦 452,720 ウクライナ戦線の戦死者(ヒトラー・スターリンが当地域に拘泥)
レニングラード包囲戦 1,000,000 ヒトラーが包囲戦を選択、スターリンは断固として聖都を放棄せず
死者の97%が餓死(人口319万人)
ユダヤ人虐殺 900,000 ドイツ軍出動部隊によるソ連領内のユダヤ人の虐殺
ソ連軍捕虜死者数 3,000,000 全捕虜数5,700,000人中の死亡者。強制労働、飢餓、伝染病等。
ソ連軍捕虜強制労働者 8,400,000 民間人も含む

独ソ戦開戦初期はドイツ軍の攻勢が凄まじく、またスターリンが主要な将校を大量に銃殺していたためソ連軍の統率が取れておらず、大量の犠牲者が積み上がっていきます(独ソ不可侵条約をドイツが破って侵攻してきた、という点も重要)。特にレニングラードはスターリンが死守を厳命し、ドイツ軍が900日間の完全包囲を行ったため、食料が届けられず、民間人も含め、100万人の餓死者が出ます。おそろしすぎる….

独側被害者数

項目 犠牲者数(人) 詳細
総死者数 3,000,000
~5,000,000
戦闘員5,318,000、民間人3,000,000(独ソ戦以外も含む数字)
スターリングラード包囲戦 195,000
~380,000
包囲を解いたソ連軍の反攻
ドイツ人捕虜数 2,600,000
~3,500,000
およそ30%が死亡と推定
ソ連国内のドイツ系民族 1,400,000 強制移住させられ、20~25%が死亡と推定
ドイツ占領地域の難民 12,000,000
~16,000,000
ソ連の反攻に伴い、ドイツ占領地域にいたドイツ系民族は徒歩でドイツに向かうことになる
1945年8月の犠牲者 450,000 ソ連軍のドイツ領内への侵攻によりこの月だけでこの人数が犠牲になっている

1943年頃から、ソ連軍の態勢が整い、反攻が開始されます。
この時点で既にソ連側で数百万から数千万人の犠牲者が出ていますから、「報復は正義」とされ、ソ連軍のドイツへの報復も凄惨なものになっていきます。戦闘員ではない子供や女性も大量に虐殺されます。
ところで、なぜドイツは最終段階の絶望的な情勢でも抗戦を続けたのかという問いには、ドイツ人の生活水準は周辺諸国を占領することによって支えられており、よって、ドイツ国民はナチスに間接的に加担していたのだ、との見解が記述されています。

第二次大戦のヨーロッパ戦線はドイツvsイギリスやフランスが注目されがちですが(映画が多いからでしょうか)、独ソ戦の方が圧倒的に犠牲者が多く、この本を読むとこちらが主要戦線なのだと気付かされます。
本書では独ソ戦は途中より絶滅戦争(世界観戦争)に突入してしまったのだ、と指摘しています。

これだけの強烈な犠牲をもって絶滅戦争を戦ったのだから、ナチスを殲滅したのは俺たちだ!という自負はでるわなあ。ちなみにイギリスの犠牲者は450,000人(Wikipedia)。死者を数で比べるな!というのもわかるけど。けどねえ。
当然、戦争を仕掛けるのは最悪だと思います。ただ、なぜイギリスフランスはEUとかNATOとか言ってドイツと連帯して、東側に拡大してきやがる?という気持ちにはなるわなあ、と自分としては多少腑に落ちてしまうものがありました。

エマニュエル・トッドの家族論

家族類型が政治体制を決めている

鹿島茂氏著「エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層」を読んだ。
これはすごいおもしろかった。こういう仕事ができるっていいなあ。
エマニュエル・トッドはフランス人口統計学者、歴史学者、人類学者であり、各国の人口統計や家族累計の分析をもとにソ連の崩壊、イギリスのEU離脱等を予言した、偉い偉い学者です。

トッドは親子関係(結婚後も同居するか否か)と、兄弟関係(主として長男が相続するか兄弟姉妹で平等相続か)という2象限から、家族類型を4種類に分類し、その類型とその国の政治体制(イデオロギー)がほぼ一致していることを発見した。すなわち、イデオロギーは長期に渡る家族体制の歴史の帰結にすぎない、と喝破した。

  親子関係 兄弟関係 政治体制
直系家族 権威主義的(同居) 不平等相続 自民族中心主義/社会民主主義/ファシズム 日本/ドイツ
共同体家族 権威主義的(同居) 平等相続 共産主義/一党独裁資本主義 ロシア/中国
絶対核家族 非権威主義的(別居) 不平等相続 資本主義/自由主義 アメリカ/イギリス
平等主義核家族 非権威主義的(別居) 平等相続 共和主義/無政府主義 フランス/スペイン

日本は「直系家族」なので、親と同居し、長男がほぼすべての財産を相続してきた。結果、父親(長男)を中心とした権威主義的家族体制が築かれる。従って家の存続・繁栄にとって長男への教育が重要となり、その役割は主として母親が担い、家の中での母親の権力は増加する一方、女性の社会進出は遅れる。次男・三男は長男が病死・戦死した際のスペアであり、教育はある程度受けるが、長男が家督を相続した場合は家を追い出される。追い出された後は軍人や公務員となる。戦後ではサラリーマンとなる。
男児に対する教育の熱心さの結果として、次男・三男の教育程度が高く、軍人・公務員・サラリーマンの教育程度も上がった。だからドイツや日本の軍は強かったのだ。

現在は同居比率は下がっており、相続も平等になってきている。しかし、トッドは言う。政治体制は社会体制であり、会社・学校等の組織にもその体制は根源的にインストールされてしまっている。すなわち、日本の会社の経営組織も直系家族体制になっているのだ、と。
日本は家族体制は変わりつつあり、それに伴い若者たちの意識は変わってきている。しかし、会社や学校の組織の体制はまだ変わっていない。様々な社会的軋轢はこの点で説明できるのかもしれない。年功序列制度、硬直的な給与体制、育児休業の取得しにくさ、等々。

一方で、イギリス・アメリカ型の「絶対核家族」では、子供は相続においては平等に扱われる代わりに、同居はせずに成人したら家の外に出て独立する。結果として子供への教育には比較的無頓着となるが、早期に自由競争に晒されることとなり、この性質が資本主義経済と相性が良かったと考えられる。また、他の国に比べ母親の社会参加程度も高い。

また、ロシアと中国は同居する権威主義的家族体制であることは日本と同様であるが、相続については兄弟が平等に扱われる点が異なる。日本よりも大きな「共同体家族」が形成され、父親の権威は更に強大となる。このような家族態勢の国が一党独裁の共産主義体制に行き着いたのだ、という説も納得感がある。

面白かったのは、明治維新は次男・三男が起こした、という説。
日本的直系家族体制では次男三男以降は外に出され、もちろん野垂れ死ぬ人もいるのだろうが、勉強して立身出世していく人間もいて、そういう人間が革命の源泉になったのだ、という説。そうだとすると、いまは次男三男が少ないから、体制変革って難しいよなあ…..

また、ドイツ、イギリス、フランスの家族類型が全て違うってのが面白い。そりゃ延々と戦争するよね。そしてEUの仕組み作っても、イギリスが出ていくことになるのも納得してしまう。